歯医者さんに行くと必ずと言っていいほど撮影する「レントゲン」。あの鉛のベストを着て、わずか数秒で終わる撮影ですが、「放射線」という言葉を聞くと、漠然とした不安を感じる方も少なくないのではないでしょうか。特に、妊婦さんや小さなお子さんの親御さんにとっては、その影響が気になるところですよね。
しかし、ご安心ください。現代の歯科レントゲンは、医療技術の進歩により、被ばく量が極めて少なく、安全性が非常に高いものになっています。今回は、歯科レントゲンの安全性について、その仕組みから具体的な被ばく量、そして飛行機など身近なものとの比較、さらには妊婦さんや子どもへの影響、そしてインプラントや矯正治療における重要性まで、詳しく解説していきます。
歯科レントゲン、なぜ必要? 目に見えない情報が治療の鍵を握る
「どうして毎回レントゲンを撮るの?」と疑問に思う方もいるかもしれません。歯科レントゲンは、歯や顎の骨の状態を「目に見える形」で把握するために不可欠な検査です。
例えば、
- むし歯の早期発見: 歯と歯の間のむし歯や、歯の内部のむし歯は、肉眼では見つけることが困難です。レントゲン写真には、むし歯が黒い影として映し出されるため、早期に発見し、治療を開始することができます。
- 歯周病の進行度確認: 歯周病は、歯を支える骨が溶けていく病気です。レントゲンで骨の状態を確認することで、歯周病の進行度を正確に把握し、適切な治療計画を立てることが可能です。
- 親知らずの位置確認: 親知らずが骨の中に埋まっている場合や、神経や血管に近い位置にある場合、抜歯には細心の注意が必要です。レントゲンで位置関係を把握することで、安全かつスムーズな抜歯につながります。
- インプラント治療の事前検査: インプラント治療では、顎の骨に人工歯根を埋め込むため、骨の量や質、神経や血管の位置などを詳細に確認する必要があります。歯科用CTレントゲン(後述)は、三次元的に骨の状態を把握できるため、インプラント治療の成功に不可欠な検査です。
- 矯正治療の診断: 矯正治療では、歯並びだけでなく、顎の骨格や歯の根の方向なども考慮して治療計画を立てます。セファログラム(頭部X線規格写真)と呼ばれるレントゲンは、顎の骨格を分析するために用いられ、適切な矯正治療に役立ちます。
- 子どもの歯の発育状況確認: 子どもの歯の生え変わりや、永久歯の萌出状況、乳歯の下に隠れている永久歯の状態などを確認するために、レントゲンは非常に有効です。
このように、歯科レントゲンは、肉眼では確認できない情報を提供し、正確な診断と安全で適切な治療計画を立てる上で欠かせないツールなのです。
被ばくは「ゼロ」ではないけれど、その量は驚くほど少ない!
レントゲンと聞くと、まず気になるのが「被ばく」でしょう。確かに、レントゲン撮影では放射線を使用するため、被ばくは発生します。しかし、現代の歯科レントゲンはデジタル化されており、従来のフィルムレントゲンに比べて放射線量が大幅に削減されています。
一般的な歯科で使用されるレントゲンの種類と、その被ばく量の目安を見てみましょう。
- デンタルX線写真(小さな部分撮影): 歯を数本まとめて撮影するもので、最も頻繁に用いられます。被ばく量は約0.005〜0.01ミリシーベルト(mSv)程度とされています。
- パノラマX線写真(口全体の撮影): 上下すべての歯、顎の骨、顎関節などを一枚で撮影するものです。被ばく量は約0.01〜0.03mSv程度とされています。
- 歯科用CT: 顎の骨などを三次元的に撮影するもので、インプラント治療や複雑な抜歯、親知らずの診断などで用いられます。被ばく量は約0.03〜0.1mSv程度とされています。
これらの数値だけを見るとピンとこないかもしれませんが、私たちの生活の中には、自然界からも常に放射線を受けています。これを「自然放射線」と呼びます。
歯科レントゲンと身近な被ばくを比較!
それでは、歯科レントゲンの被ばく量がどれくらい少ないのか、身近なものと比較してみましょう。
- 日本人が1年間に受ける自然放射線量: 日本の平均では、年間約2.1mSvとされています。大地からの放射線、宇宙からの放射線、食物からの放射線など、私たちは常に自然放射線を受けて生活しています。
- 東京からニューヨークへ飛行機で往復1回: 宇宙からの放射線の影響で、1回のフライトで約0.19mSvの被ばくがあるとされています。これは、歯科用CTの被ばく量とほぼ同等か、それよりも多い量です。
- 胸部X線検査(健康診断など): 約0.05mSv程度とされています。パノラマX線写真よりもやや多い量です。
これらの比較からわかるように、歯科レントゲン1回あたりの被ばく量は、私たちが普段生活の中で自然に受けている放射線量や、その他の医療検査、さらには飛行機に乗ることによる被ばく量と比較しても、はるかに少ないことがお分かりいただけるかと思います。
例えば、パノラマX線写真1回分の被ばく量は、日本で1日に受ける自然放射線量の約1/70程度に過ぎません。デンタルX線写真に至っては、そのさらに数分の1以下です。
妊婦さん、子どもへの影響は? 鉛製エプロンで安心をさらに高める
さて、特に気になるのが妊婦さんや子どもへの影響でしょう。
妊婦さん
妊娠中にレントゲン撮影を心配されるのは当然のことです。しかし、前述の通り、歯科レントゲンの被ばく量は極めて微量であり、撮影部位も胎児からは離れた口元が中心です。
世界中の多くの医療機関や学会では、「歯科レントゲンは、妊婦さんの安全性を考慮しても、必要であれば撮影しても問題ない」という見解が示されています。
それでも不安を感じる方のために、歯科医院では「鉛製エプロン」や「防護服」を用意しています。これは、放射線が透過しにくい鉛の素材でできており、身体の他の部分への放射線の影響をさらに低減する効果があります。特に、お腹の赤ちゃんを守るために、必ず着用をお願いしています。
また、歯科医師は、妊婦さんの状態を考慮し、本当に必要な場合のみレントゲン撮影を行うなど、慎重な判断を心がけています。心配な場合は、遠慮なく歯科医師に相談し、納得した上で検査を受けてください。
子ども
子どもは成長段階にあり、放射線に対する感受性が高いとされています。しかし、子どもの歯の生え変わりや、永久歯の確認、むし歯の早期発見、矯正治療の計画などにおいて、レントゲンは非常に重要な情報源となります。
歯科医院では、子どものレントゲン撮影においても、大人と同様に鉛製エプロンを使用し、被ばく量を最小限に抑えるための工夫をしています。また、デジタルレントゲンは、子どもの撮影時にも短時間で済むため、じっとしているのが難しい子どもにとっても負担が少ないという利点があります。
子どもの成長を適切に把握し、早期に問題を発見することで、将来的な矯正治療の負担軽減や、健全な永久歯の育成にもつながるため、歯科医師と相談の上、適切なタイミングでのレントゲン撮影は非常に有益であると言えます。
また、インプラント治療や複雑な親知らずの抜歯などで用いられる歯科用CTは、三次元的に顎の骨や神経、血管の位置を詳細に把握できるため、より安全で確実な治療を可能にしています。これにより、治療計画の精度が向上し、患者さんの安全性が高まります。
もし、歯科レントゲンについて不安な点や疑問があれば、遠慮なく歯科医師やスタッフに質問してください。安心して治療を受けるためにも、正しい知識を持つことが大切です。定期的な歯科検診と適切なレントゲン検査で、いつまでも健康な歯を保ちましょう。
この記事を書いた人は中村区にある歯医者
かすもりおしむら歯科・矯正歯科・口腔機能クリニック 院長 押村憲昭