
歯科治療を受けるとき、ほとんどの人が一度は聞いたことがある言葉――
「痛かったら手を挙げてくださいね。」
治療の前に必ずと言っていいほど歯科医師が声をかけるこの一言。
でも、「なぜそんなことを言うの?」「本当に止めてもらえるの?」と思ったことはありませんか?
今回は、この言葉に込められた本当の意味と、患者さんにとっての大切な役割についてお話しします。
■ 理由①:患者さんと歯科医師をつなぐ“唯一のサイン”
歯の治療中、患者さんは口を開けている状態のため、言葉で「痛いです」と伝えることが難しくなります。
そのため、「手を挙げる」ことが治療中の唯一のコミュニケーション手段になるのです。
歯科医師は、器具の音や水の音で患者さんの表情や息遣いをすべて確認できるわけではありません。
痛みを感じているのに我慢していると、無意識に身体が緊張してしまい、余計に痛みが強く感じられることもあります。
ですから、「痛かったら手を挙げてください」というのは、安心して治療を受けてもらうための大切な合図なのです。
■ 理由②:麻酔の効き方や痛みの感じ方は人によって違う
麻酔をしているのに「少し痛い」「響く感じがある」という経験をしたことがある方も多いと思います。
実は、麻酔の効き方には個人差があります。
体質・体調・炎症の有無・緊張状態などによって、同じように麻酔をしても効きにくいことがあるのです。
また、「痛み」そのものの感じ方も人それぞれで、
「チクッとしただけで怖くなる人」もいれば、「多少の刺激なら我慢できる人」もいます。
歯科医師はその日の患者さんの反応を見ながら、
「麻酔を追加する」「少し時間をおく」「方法を変える」など、
痛みを最小限にする工夫をしています。
だからこそ、痛みを感じたら遠慮なく手を挙げて教えてほしいのです。
■ 理由③:痛みを我慢すると、治療がうまく進まないことも
「我慢すれば早く終わる」と思って、痛くても黙ってしまう方もいます。
しかし、痛みを我慢すると、治療の精度や仕上がりに影響することがあります。
たとえば、虫歯の神経近くを削るときに痛みを感じたのに我慢していると、
歯科医師は「もう少し削っても大丈夫かな」と思ってしまうかもしれません。
結果的に、必要以上に削ってしまったり、神経に刺激が加わったりすることも。
逆に、手を挙げて知らせてもらえれば、すぐに麻酔を追加して、
痛みを抑えながら丁寧に進めることができます。
治療の安全性や質を保つためにも、患者さんの合図はとても大切なのです。
■ 理由④:「怖い」「緊張する」気持ちを理解してもらえる
歯科医院が苦手な人にとって、
「痛かったら手を挙げてください」という言葉は“安心の合図”にもなります。
歯医者が怖い理由の多くは、「痛み」そのものよりも、
「何をされているのかわからない」「止めてほしいのに言えない」という不安から生まれます。
手を挙げればすぐに治療を止めてもらえる――
このルールを確認しておくことで、心に余裕が生まれ、リラックスした状態で治療を受けることができます。
私たち歯科医師は、「痛みをゼロにすること」と同じくらい、
「不安を取り除くこと」も大切にしています。
怖い気持ちを伝えるのも、治療の一部だと考えてください。
■ あなたの「手を挙げる」が、より良い治療をつくります
歯科治療は、歯科医師が一方的に行うものではありません。
患者さんとの信頼関係の上に成り立つ、“共同作業”です。
歯医者で「痛かったら手を挙げてください」と言われるのは、
患者さんに「我慢しないでほしい」「安心してほしい」という思いがあるからです。
痛みや不安を伝えることは、わがままではありません。
むしろ、良い治療を一緒につくっていくために欠かせない大切なステップです。
治療を受けるときは、遠慮せずに手を挙げてください。
その合図が、あなたの治療をもっと快適で、安全で、確実なものにしてくれます。
■ 最後に
弊院では、「痛みをできるだけ感じさせない治療」をモットーにしています。
麻酔の工夫や治療中の声かけ、リラックスできる空間づくりなど、
すべては「患者さんが安心して通える歯科医院」であるために。
「痛いかも」と思ったときこそ、どうぞ手を挙げて教えてください。
その一言(合図)が、私たちにとっても何よりの信頼の証です。
この記事を書いた人は中村区にある歯医者
かすもりおしむら歯科・矯正歯科・口腔機能クリニック 院長 押村憲昭
