皆さんは「離島の歯科医院」と聞くと、どのようなイメージを持たれるでしょうか。
観光で訪れると「のどかで静かな島」「ゆったりした時間が流れる場所」という印象を受けるかもしれません。
しかし、そこで暮らす人々の“日常”は、都会とはまったく異なる環境の中にあります。特に医療に関しては、都市部では当たり前に受けられるサービスが、離島では簡単には受けられないことも珍しくありません。
その中で、離島にある歯科医院は、単に虫歯を治す場所に留まらず、地域の暮らしを支え、住民の健康寿命を守る「地域医療の要」として重要な役割を果たしています。
離島ならではの環境と歯科医療の課題
離島の歯科医院が直面する最大の課題は「アクセス」と「人材確保」です。
① アクセスの問題
多くの離島では、船や飛行機が唯一の交通手段です。
天候が悪ければ欠航し、予約した治療に来られないこともよくあります。
また、急な痛みやトラブルが起きても、島外の大病院にすぐに行けるとは限りません。
そのため、「島の中でできる限り完結させる治療体制」が求められます。
離島歯科では、一般歯科はもちろん、小児歯科、口腔外科、義歯、予防、さらには救急対応まで、幅広い領域に対応できる力が必要なのです。
② 人材確保の難しさ
歯科医師だけでなく、歯科衛生士や歯科技工士の確保も課題です。
島で働くという選択をする人は多くありません。そのため、多くの離島では「1名の歯科医師が島全体の口腔管理を担う」というケースもあります。
季節ごとに歯科医師が交代する「派遣型の歯科医療」を取り入れている地域もありますが、患者さんにとって担当医が変わることは不安材料にもなります。
安定的な医療体制を築くためには、地域との強い信頼関係づくりが不可欠です。
離島歯科ならではのやりがいと魅力
一方で、離島の歯科医院には、都市部では味わえない魅力があります。
① 患者さんとの距離が近い
島の住民同士は家族のようなつながりを持っています。
そのため「先生、昨日は港で見かけたよ」「お祭りの片付け、おつかれさま」といった温かい声をかけられることも多く、患者さんとの距離の近さを実感します。
治療が終わるたびに「ありがとう」「助かったよ」と心から言っていただける環境は、歯科医療者にとって大きなやりがいになります。
② 島全体の健康を守る“総合医”としての役割
離島歯科では、虫歯・歯周病治療に限らず、嚥下指導、食育、訪問歯科、介護予防など、多岐にわたる活動を行うことが求められます。
歯が悪くなる前に予防し、地域全体の健康づくりに貢献できるのは、離島だからこそ。
「口から島を元気にする」という使命感を持って働ける環境があります。
③ 歯科医院が地域コミュニティの中心になることも
離島では人が集まる場所が限られています。
そのため、歯科医院は島民が集まる“ハブ”のような存在になることもあります。
「通える」ことが当たり前ではないからこそ、予防が大切
離島では、治療が必要になると都市部まで出向くケースもあるため、「そもそも悪くならないようにする」ことが非常に重要です。
● 定期検診の習慣化
島外へ行くことが難しい高齢者にとって、定期検診は特に大切です。
歯周病が悪化してからでは、治療期間が長くなり、生活にも支障が出てしまいます。
● フッ素塗布やシーラントなどの小児予防
島の子どもたちにとっても、予防は一生の財産です。
都会のように歯科医院が多くないからこそ、早期予防の価値は大きくなります。
● 口腔機能の維持・嚥下トレーニング
高齢化が進む島では、口腔機能低下が生活の質に直結します。
離島歯科医院は、口腔リハビリや栄養指導を通して「食べる力」を守る重要な存在です。
未来の離島歯科にできること
近年、オンライン診療の導入や、ポータブル歯科ユニットを使った訪問診療など、離島医療を支える新しい取り組みが広がっています。
また、ドクターヘリや離島専門の医療派遣チームなど、医科との連携も進み、歯科医療の質は年々向上しています。
さらに、若手歯科医師が離島での勤務を経験するプログラムも増えており、離島医療の担い手育成にも期待が高まっています。
離島の歯科医院は、決して“特別な場所”ではありません。
そこには、都会と同じように歯の悩みを抱え、生き生きと暮らす人々がいます。その生活を支えるために、日々小さな診療室から島全体を守る大きな医療が行われているのです。
離島歯科は、医療者にとっても住民にとっても「かけがえのない場所」です。
都市部では見えにくい“地域の本当の医療ニーズ”があり、そこに向き合うからこそ生まれる強いつながりがあります。
島の風景のように温かく、ゆったりと、しかし確かな技術と覚悟を持って人々の口の健康を守る離島の歯科医院。
その存在は、これからの日本の地域医療の未来を照らす大切な光となっていくでしょう。
この記事を書いた人は中村区にある歯医者
かすもりおしむら歯科・矯正歯科・口腔機能クリニック 院長 押村憲昭
